目次 [目次]
01.東山は名探偵 |
その年の二月は寒くなったり、暖かくなったり、気まぐれな天候だった。雪も例年に比べて、やけに多かった。私は毎日、事務所で退屈していた。 | |
02.お姉ちゃんは美大生 |
オリンピックもいよいよ、明日で終わる。今回の主役は何と言ってもジャンプの原田だろう。声も出ない程に男泣きをしながら喜んでいたあの姿は日本中を感動させた。 | |
03.引越し先はフランス風 |
古い一軒屋が建ち並んでいる中に、そのアパートはあった。門の所に大きく『虞美人荘』と書いてある。家主はユーモアと教養のある人間らしい。 | |
04.黒づくめの美女 はピアニスト |
『オフィーリア』の外側の壁には、ドーム型の小さな窓のほか、全体にモザイク式に絵が描いてあった。シェイクスピアの『真夏の夜の夢』という感じだ。 | |
05.ティファニーで朝食を |
マリリン・モンローがポスターの中でウインクをしていた。私は、やめてくれ、と叫んだ。かすれた声だった。マリリン・モンローがゲラゲラ笑った。笑うはずはなかった。まだ、酔っているらしい。 | |
06.『赤い風車』にいた 歯医者 |
女子大生に囲まれて、十歳も若返った気分だった。しかし、それはその時だけだった。彼女らと別れ、寒々としたねぐらに帰って来た時には二十歳も老けたように、ボロボロにくたびれていた。 | |
07.可愛い小悪魔に 誘われて |
コートの前が開いて、真っ赤なセーターと黒いミニスカートが見えた。細くて長い足は膝から下が黒いブーツで隠されていた。 | |
08.消えた気まぐれ天使 |
あの娘は音楽に夢中なんですよ。曲を作る時なんか、フラッとうちを出てって、どこか、よその土地でイメージを膨らませるらしいの。そして、また、フラッと帰って来るんですよ。 | |
09.さまよえる野良猫 |
ジャズに一番大切なサムシング・エルス‥‥‥彼女が持っている何か力強いもの、魂の叫びのようなものだな。そいつが、じわじわと伝わって来るようだった。 | |
10.モーツァルトに捧げる |
女の人が低いかすれた声でブルースを歌ってました。すごく悲しくて、心にジーンとしみて来る歌でした。その歌は紀子の本当のお母さんが歌っていたんです。 | |
11.歌姫の死と 天才画家の死 |
奴は突然、海の中に飛び込んでしまったんじゃ。とても、人間とは思えない死体が上がった。奴が最期に残した作品じゃ。美を追究しながら自分自身は醜くなって死んでいきやがった。 | |
12.本屋の主人は語る |
『山にでも行くのか?』と聞いたら、『ちょっと、ルーブルに行って来る』って言いました。冗談だと思いましたよ。ところが、しばらくして、パリからあいつのスケッチと手紙が届いたんです。 | |
13.白いピアノと赤いバラ |
『ブルー・シティ』から、ブルースのような悲しい感じになります。『ハスラー』は私が一番好きな曲なんです。街角に立ってる娼婦の曲だそうです。その曲を聴くと胸がジーンとして来るんです。 | |
14.白雪姫がいる小城 |
管理人は濁った目で私の顔をじっと見つめた。どこを見てるのか分からなかったが、私を観察しているらしい。彼はウィスキーを一口なめると舌打ちした。 | |
15.美女とヘネシーXO |
私はグラス越しにひろみを見た。彼女は目を細めてテレビを見ていた。魅力的な女だった。こんな女と二人きりで、こたつにあたってコニャックを飲んでいるなんて不思議に思えた。 | |
16.お嬢さんは プレスリーがお好き |
イーゼルの上のキャンバスには色んな色がこんがらがってなすりつけてあった。見方のよっては人の顔にも見える。グロテスクな蜘蛛にも見える。きっと、私の顔なのだろう。 | |
17.カサブランカの画仙人 |
ビーチハウスの階段を上ると広いテラスになっている。今は何も置いてないが夏になるとサマーベッドが並び、水着姿の美女たちが日光浴をするのだろう。 | |
18.上州屋旅館の だるまの絵 |
裏街道を行くと赤城神社があり、その奥の細道を歩いて行くと滝があった。私たちは滝まで歩いた。滝の側に国定忠次が隠れていたという岩屋があった。 | |
19.悲しい微笑と 魅惑の微笑 |
ひろみが得意の変身をして現れた。髪は綺麗に滑らかに肩に掛かっている。唇は情熱的に燃え、形のいい胸を誇らしげにセーターに包んで、長いスカートをひらひらさせながら優雅に入って来た。 | |
20.エスプレッソをもう一杯 |
雅彦は軽く頭を下げてステージから消えた。他のメンバーも消えた。音楽も消えた。ステージを照らしていたスポットライトも消えた。客たちの拍手も声も消えた。一瞬、何もかも消えて静まり返った。 | |
21.闇の中から夢の中へ |
ふと、後ろに人の気配を感じて、振り返ったが遅かった。後頭部に激痛が走った。私は暗闇の中に真っ逆さまに落ちて行った。 | |
22.虜になった野良犬 |
広い庭では雀たちが鳴きながら飛び回っていた。彫刻の女神たちも暖かい日差しを浴びて、楽しそうにヒソヒソと噂話をしている。 | |
23.暗くなるまで待てない |
パソコンからプリントした名前の一覧表とにらめっこしていると、ひろみがやって来た。毛皮のコートに甘い香り漂わせて、スターの登場という感じで、薄汚い事務所に現れた。 | |
24.冬に戻った月曜の朝 |
屋敷の中はシーンとしていた。ただ、静かなのではなく、何かに押しつぶされているような重い沈黙だった。初めて、この屋敷に来た時、二階から紀子のピアノが聞こえて来たのが、ずっと昔のように思えた。 | |
25.悟りの境地に 達した夫人 |
奥さんがどんな生き方をして来たのかは知らんが、特別な修行をしなくても、あれだけの境地まで行き着く人間が何人かいる。奥さんはその一人じゃ。昨日はわしも楽しかったよ | |
26.さすらいの画人 |
ある日、突然、何かに引っ張られるように、その土地を離れます。その繰り返しですな。理由なんかないですよ。ただ、自然に任せて漂っているだけです。 | |
27.駄菓子屋の黒猫と お婆ちゃん |
駄菓子屋のたばこと書いてある色あせた赤い旗が風になびいて震えていた。時代に取り残されてしまったかのような懐かしい風景だった。 | |
28.ログハウスの バランタイン |
暖炉の中では、火が赤々と燃えている。私は吸い込まれるように部屋の奥にある暖炉の側に行き、感覚のなくなっている手と足を火に向けた。極楽だった。 | |
29.星空の下の 風のささやき |
マッチの火が燃え尽きるまで、彼は火を見つめていた。火は消えた。また、マッチをすった。勢いよく火が点いた。彼は指が燃えるまでマッチを持っていた。 | |
30.アトリエの中の父と 息子と母親の笑顔 |
壁には静斎の古い作品が何枚も掛けてあった。暗い感じの絵が多かった。暗い感じの抽象画や幻想的な絵の中に一つだけ、やけに明るい絵が浮き上がっていた。 | |
31.風は海から吹いていた |
私は空を見上げた。消えつつある星の数を数えていた。人が死ぬと、一つ、星が消えると聞いた事があった。人が死ぬと星になると聞いた事もあった | |
32.葬送曲は蒼ざめた微笑 |
四時を過ぎた頃、客が訪ねて来た。若い女だった。私は頭を切り替えて、新しい仕事を持って来た、その女を迎え入れた。 | |
33.サムシング・エルス |
こんな別れにふさわしい気の利いたセリフを言いたかった。いつものように、そんなセリフは浮かんで来なかった。私は黙って手を振った。ベンツは静かに走り去って行った。 |